3日目の朝、鷹島は猛烈な雨に見舞われた。

鷹島の雨

 

旅館を出て最終日、最大の目的は父親兄弟の長男であるシン伯父さんの長男(若くして亡くなった)家系の自宅に仏壇があるのでこちらもお参りすると言う事だ。土砂降りの雨の中、車を飛ばし目的地にて伯父さん家系の方々にご挨拶ならびにお参りも済ませ以前お土産に頂いたイワシクジラのオバケを買いに平戸まで再び戻って来た。1万円分くらいのお土産を無事購入しまた今福町に戻る。「大阪に戻りクジラを頂いたがここで買う「オバケ」は関西で食べるゴムっぽいクジラでは無く味も歯ごたえも全然別物の美味さなのである」

お土産

 

今福まで戻った我々は今回予定に無かった母方の実家に挨拶へ。

この中原スーパー(右手、しゅう色の建物)では幼少の頃、母方の家族が肉屋を営んでおり親父やお袋が帰郷してた際に私もお婆ちゃんの肉屋で袋入りのレトルトハンバーグをねだり、いつもお昼に頂いていた物だ。もう閉店して数年が経過しているそうで残念ながら店舗内や昔の面影を見る事が出来ない。子どもの頃は何でも揃う百貨店並みのイメージを持っていたけど実際は今のコンビニと比較しても品数の薄い田舎のスーパーマーケットだったのだろう。中原スーパー

挨拶

母が若い頃から実家では理髪店を営んでおり、一旦廃業した物の今は叔父が自宅を改造してまた町の理髪店を営んでいる。叔父と弟が再開を喜ぶ画(笑) この家に子供の頃、かなりお世話になったのだ。久しぶりに母屋も拝見させて頂いたが当時より狭く感じるのは我々が大人になったからなのだ。

帰りのフェリーは新門司港、午後7時半出航だ。今福から2時間としても少し時間がある。子供の頃、田舎(今福)に来ると毎日の様に姉と泳ぎに行った「ぎぎが浜」に立ち寄る事にした。あれだけ降ってた雨もカラっと上がって快晴になった。ぎぎが浜 ギーギー 松浦党 子供の頃は何の思想も無く泳いでた海水浴場だが、色んな習わしと言うか歴史があるそうだ。「延久元年(1069)嵯峨天皇第18代の皇子、河原左大臣源融第八世の孫源久が、御厨検校となり、検非遣使に任命され、今福のぎぎが浜に上陸」松浦党の党祖・源久公がこの浜に上陸した時に輿(こし)のきしむ音が砂に伝わって「ギイギイ」と鳴ったことから「ぎぎが浜」と命名された。松浦党については叔父の久保川勲が現在も研究中でいずれ執筆すると意気込んでいた。

3日間ほぼお参りと挨拶の九州旅行も無事終了だ。新門司港まで快適にドライブし丁度、自動車の乗船時間に到着… 帰りはチケットの都合で阪急では無く名門大洋フェリーだ。名門なんだが、阪急と比べ揺れがかなり大きい(笑)名門大洋フェリー

 

いよいよ九州ともお別れである。去年死んだ親父やお袋も喜んでくれただろうか。色々な思いが交錯し感慨深く汽笛を聞くのであった。ファーストJ

 

帰りは叔父達と3人部屋、船首の眺望が素晴らしいファーストJ和室で。

バイキング

そこに酒があるから飲む訳で、帰りも黒霧島のパックが2パックが空になった(笑)

帰港

 

南港に到着。旅も終わりだ。

 

全行程今回、九州の旅 全行程は651.3㎞ 燃費はジャスト10㎞/l にて終了次は誰と九州に行けるだろう…

 

 
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